認知症は、患者とその家族に深い影響を及ぼす。第四回の連載では、認知症を患う母と息子の間に生まれた、忘れがたい感動の瞬間を紹介する。

80歳の斉藤和子さん(仮名)は、数年前に認知症と診断された。彼女は、息子の健一さん(仮名)と二人暮らしで、健一さんが主要な介護者となっていた。認知症の進行により、和子さんは徐々に過去の記憶を失い、最終的には息子の顔さえも認識できなくなった。しかし、健一さんは母への愛情を決して諦めず、毎日彼女の世話を続けた。

ある日のこと、和子さんは突然、若い頃の健一さんとの思い出を語り始めた。彼女は、健一さんが子供の頃に一緒に遊んだ公園のこと、彼の卒業式のこと、そして彼が初めて仕事を得た日のことを詳細に思い出した。健一さんは、母がこれほどまでに自分のことを覚えていたことに深く感動し、涙を流した。和子さんは、息子の手を握りながら、「あなたは私の誇りよ」と言った。これが、和子さんが亡くなる数日前のことだった。

この事例は、認知症患者が抱える記憶の断片が、時に家族にとって大きな意味を持つことを示している。認知症によって多くの記憶が失われても、愛する人への思い出は最後まで心の中に残ることがある。健一さんにとって、母の最後の言葉は、彼女の愛と記憶がまだ彼の中に生きていることの証だった。

認知症は、患者と家族に多くの困難をもたらす。しかし、斉藤家のように、認知症の中にも家族の絆を深める貴重な瞬間が存在する。社会全体で認知症に対する理解を深め、患者と家族が支え合いながら生活できる環境を整えることが、これからの大きな課題である。