高齢者が自宅で安心して暮らし続けるには、住環境の安全確保が欠かせない。特に注意が必要なのが、浴室やトイレなど日常的に使う空間である。内閣府の令和5年版「高齢社会白書」によると、65歳以上の高齢者が自宅で転倒・転落して死亡するケースは年間9,511人にのぼり、交通事故死者数の約4倍である(同年の交通事故死者数は2,610人)。こうした背景から、高齢者の自宅リフォーム、いわゆる「介護リフォーム」の必要性が年々高まっている。

介護リフォームの代表的な内容には、手すりの設置、段差の解消、滑りにくい床材への変更、トイレの洋式化、引き戸への扉交換などがある。厚生労働省「介護保険制度の概要」(令和6年4月版)によれば、要支援・要介護認定を受けている人は、20万円を上限に住宅改修費の9割(一定以上の所得者は7~8割)の支給を受けることができる。対象となる工事は「転倒予防」や「移動支援」が目的であることが条件であり、工事前の申請が必要とされている。

例えば、浴室での転倒を防ぐために、浴槽のまたぎ高さを低くするリフォームや、シャワーチェアの導入、滑りにくい床材への交換が推奨される。またトイレでは、和式から洋式への変更が多く行われている。国土交通省「高齢者・障害者等の移動等円滑化の促進に関する基本方針」(令和3年)でも、自宅のトイレにおける立ち座り時の事故が多いことが指摘されており、手すりの設置やドアの開閉方向の変更も有効とされている。

住宅改修の申請は、ケアマネジャーや地域包括支援センターを通じて行うのが一般的である。介護保険による支給申請には、住宅改修が必要な理由書、改修前後の写真、工事費見積書などを添付して自治体に提出しなければならない。書類審査を経て承認が下りた後に工事を行い、領収書などを提出すると給付が行われる。なお、緊急の場合を除き、事後申請は原則認められていない。

リフォームにおける注意点は、「やりすぎないこと」と「本人の身体機能に合った内容であること」である。必要のない場所に手すりを取り付けたり、逆に手すりの位置が合っていないと、かえって転倒リスクを高めることになる。設置場所や高さは、福祉住環境コーディネーターや作業療法士などの専門家の助言を受けるとよい。また、予算の範囲内でどの改修を優先すべきか、本人や家族と相談のうえ慎重に判断することが望ましい。

実際にリフォームを行った家庭では、「トイレへの移動が楽になった」「浴室での滑りを気にせず入浴できるようになった」などの声が多く聞かれる。改修の効果は身体機能の維持にも寄与し、介護者の負担軽減にもつながる。特にひとり暮らしの高齢者や、要介護度の上がった高齢者にとっては、自宅での生活継続を可能にする大きな支えとなる。

さらに、介護リフォームは高齢者本人だけでなく、同居する家族の安心にもつながる。転倒事故によって救急搬送されたり、入院・寝たきり状態になると、介護負担が一気に増加する。こうした事態を未然に防ぐためにも、介護が必要になる前の「元気なうちの予防的リフォーム」が有効とされている。特に後期高齢者やフレイル(虚弱)状態がみられる人には、早めの対策が勧められる。

介護リフォームは単なる「家の修理」ではなく、高齢者が自分らしく安全に暮らすための環境づくりである。公的制度を上手に活用し、必要な改修を着実に進めることが、将来的な医療・介護費用の抑制にもつながる。まずは家の中を見回し、つまずきそうな段差や、滑りやすい場所がないかを確認することから始めてみてはいかがだろうか。

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