「いつまでも趣味の旅行を楽しみたい」という高齢者は多い。団塊の世代を中心に定年後も活動的な“アクティブシニア”が増え、旅行市場におけるシニア層の存在感は年々高まっている。しかし体力や足腰の不安、段差や階段の多い観光地などの障壁から、旅行を諦めてしまう高齢者も少なくない。最近は高齢者や障がい者を含む誰もが旅行を楽しめる環境づくりとして「ユニバーサルツーリズム」の推進が叫ばれている。観光庁によれば、ユニバーサルツーリズムとは、高齢や障害の有無にかかわらずすべての人が安心して楽しめる旅行のことを指す。2024年4月から障害者差別解消法の改正で民間事業者にも合理的配慮の提供が義務付けられた流れを受け、観光庁は2025年4月から全国の観光地・観光産業におけるユニバーサルツーリズム定着に向けた支援事業を公募開始する予定である。政府は観光分野への補助金を通じ、バリアフリー化の促進や従業員研修などに取り組む事業者を後押しする方針だ。
具体的には、観光施設や宿泊施設のバリアフリー整備が各地で進められている。階段に代えてスロープやエレベーターを設置し、車いすでも移動しやすくする改修、多目的トイレ・貸出用車いすの整備、点字・音声案内の充実など、障害の有無にかかわらず利用しやすい工夫が広がっている。また、宿泊予約サイトではバリアフリールームの有無や貸出備品の情報が明示されるようになり、高齢の旅行者が事前に安心して計画を立てられる環境が整いつつある。交通機関でも、鉄道駅のエレベーター設置や段差解消が着実に進展し、ノンステップバスやリフト付き観光バスの導入など、高齢者・障がい者の移動をサポートする取り組みが各地域で見られる。
旅行会社も、高齢者向けに配慮したツアー商品を展開している。移動行程にゆとりを持たせ、段差の少ない観光地を巡るコース設定や、添乗員が車いす操作などサポートする「バリアフリーツアー」を企画する会社もある。大手旅行会社ではシニア世代に特化したブランドを立ち上げ、介護資格を持つスタッフが同行する旅行など差別化を図る動きもみられる。自治体や観光協会によっては、地元のボランティアガイドが高齢者グループに付き添い、安全に観光できるよう支援するサービスを提供している例もある。こうした受け入れ体制の充実により、これまで旅行を諦めがちだった要介護高齢者や車いす利用者も、家族とともに旅に出かけやすくなってきた。
高齢者にとって旅行は、気分転換や生きがいづくりに大きな効果がある。新しい景色を見たり人と交流したりすることで、心身の活性化につながるとの指摘もある。ユニバーサルツーリズムの推進は、高齢者自身のQOL(生活の質)向上に寄与するだけでなく、観光市場の拡大を通じて地域経済にもメリットをもたらす。誰もが年齢や障害に関係なく旅を楽しめる社会を実現するために、ハード・ソフト両面のバリアフリー化を一層進め、「わかりやすく役に立つ」観光情報の提供にも力を入れていくことが求められている。