高齢者が家庭内で転倒し、大けがにつながる事故が後を絶たない。東京消防庁の調べでは、過去5年間(2017~2021年)に都内で救急搬送された高齢者の事故原因のうち、「転倒・転落」が82.8%を占めて最も多かった。その約6割は自宅など居住場所で発生しており、慣れ親しんだ我が家の中こそ注意が必要だという。転倒による負傷は高齢者の場合、骨折など重傷化しやすく、救急搬送された高齢者の約4割が入院を要する中等症以上と診断されている。転倒が原因で長期入院し、そのまま要介護状態に陥るケースも珍しくない。
実際、介護が必要となった原因として「骨折・転倒」は上位に挙げられる。厚生労働省の2022年調査によれば、要支援状態になった原因の3位が「骨折・転倒」(16.1%)、要介護状態では3位が「骨折・転倒」(13.0%)となっている。認知症や脳卒中に次いで、転倒による骨折は介護の主なきっかけとなっているのだ。たった一度の転倒で寝たきりになる恐れもあり、高齢者本人や家族にとって転倒予防は極めて重要な課題と言える。
では、高齢者の転倒事故を防ぐにはどうすればよいだろうか。まず、自宅の環境を見直すことが基本だ。転倒リスクを高める要因として、床の段差や滑りやすい絨毯、散乱した物品、照明不足などが挙げられる。日常生活の動線上にある小さな段差には手すりを取り付けたり、滑り止めテープを貼ると効果的だ。廊下や階段、トイレ・浴室など高齢者が移動する経路には十分な明るさを確保し、夜間でも足元が見えるよう照明を工夫したい。床に敷いたマットや絨毯がめくれていると躓きの原因になるため、滑り止めシートで固定するか撤去する。電気コードや新聞・雑誌が床に放置されているのも危険だ。日頃から片付けを心掛け、転倒の「障害物」を取り除くことが大切である。
次に、足元と履物のチェックも欠かせない。高齢者は加齢に伴い足の筋力やバランス能力が低下している場合が多い。不安定な履物(かかとの無いスリッパ等)は脱げやすく非常に危険だ。室内でも滑りにくく足にフィットしたシューズを履くことで転倒リスクは下がる。また、白内障など視力低下があると段差が見えづらくなるため、眼鏡の度数を適切に合わせ、必要に応じて杖など補助具を使うことも検討すべきだ。
さらに重要なのは、転倒しにくい身体作りである。筋力低下やバランス感覚の衰えを防ぐため、高齢者でも無理なくできる運動習慣を取り入れたい。例えば、椅子に座ったままできる足上げ運動やスクワット、片足立ちなどは下肢筋力やバランス能力の維持に効果的だ。自治体によっては「転倒予防教室」や高齢者向け体操教室を開催している場合もあるので積極的に参加すると良い。また、転倒の背景には骨粗鬆症による骨の脆さも関係するため、日頃からカルシウムやビタミンDを意識した食事を心掛け、骨密度の低下を防ぐことも重要だ。
もし高齢の家族がいる場合、家族も協力して安全対策をとることが望ましい。例えば入浴時に見守ったり声をかけたりする、庭や玄関先での作業を代わりに行うなど、小さな配慮が事故防止につながる。転倒は本人だけでなく介護する家族にとっても大きな負担となる可能性があるため、未然に防ぐ意識を皆で共有したい。
最後に、万一転倒事故が起きた際の対応も確認しておこう。頭を打ったり強い痛みがある場合は、無理に動かさずに速やかに救急車を呼ぶこと。軽微な転倒であっても、その後痛みや腫れが出てくることもあるため油断は禁物だ。早めに医療機関を受診し、骨折や打撲の有無を確認してもらうことが大切である。
高齢者の転倒事故は、ちょっとした注意と工夫でかなりの部分を予防できる。家の中を安全に整備し、体力づくりに努め、周囲も見守ることで、「転ばぬ先の杖」としたい。転倒予防は要介護予防にも直結する。一日でも長く自立した生活を続けるために、日頃からできる対策を重ねておこう。