介護施設等における高齢者虐待の件数が過去最多を記録し、深刻な社会問題となっている。厚生労働省が公表した調査結果によれば、2023年度に職員らによる高齢者虐待と認定された件数は1,123件に上り、前年度から31.2%増加して過去最多を更新した。この統計は2006年度に現行の調査を開始して以来の最多数であり、介護現場での虐待防止が喫緊の課題となっている。
虐待が確認された高齢者は全国で2,335人にのぼり、その約7割が要介護3以上の重度の要介護者だった。また、このうち5人は虐待が一因となって死亡しており、最悪の結果を招いたケースも含まれる。近年、ニュースでも施設職員が入所者に暴行を加えたり不適切な言動をとったりする事例が散見され、大きな社会的非難を浴びている。今回の統計は、こうした虐待が表面化した氷山の一角に過ぎない可能性もあり、実際には潜在的な虐待も含め問題はさらに根深いと指摘する声もある。
厚労省は虐待増加の背景について、介護職員の知識不足や倫理観の欠如、現場の人手不足やストレスなど複合的な要因があると分析している。実際、虐待を行った職員本人に悪意や害意がなくても、過重労働や教育不足から不適切なケアにつながるケースも考えられる。例えば認知症の利用者に対する対応を誤り、感情的になって暴言を吐いてしまう、身体拘束に頼ってしまうといった事例だ。もちろん明白な暴行や虐待行為は言語道断であり、そうした悪質なケースは刑事事件として立件されることもある。だが同時に、「知らず知らずのうちに行われている虐待」を如何に防ぐかという観点も重要だ。
政府と業界団体はこの事態を重く受け止め、再発防止策を強化している。厚労省は2024年12月、全国の介護施設を所管する団体に対し虐待防止策の徹底を要請した。具体的には職員研修の充実や相談体制の整備、利用者への権利擁護の啓発などを各施設に求めている。また2024年度の介護報酬改定でも、虐待防止委員会の設置や職員のメンタルケア体制強化などが求められ、対応が不十分な事業所には減算措置を科す仕組みも導入された。このように行政的なペナルティと支援策の双方から、現場での虐待を未然に防ぐ網を張り巡らせようとしている。
各施設でも自主的な取り組みが進む。例えばある特別養護老人ホームでは、定期的に全職員が虐待防止に関する勉強会を開き、利用者への接し方を再確認している。また職員同士でケア方法を共有し、「叩くつもりはなくても強く肩を掴んでしまうのも身体的虐待にあたる」など具体例を挙げて注意喚起しているという。職場内の風通しを良くし、ストレスをため込まないよう相談しやすい雰囲気を作ることも大事だ。虐待は一人の職員だけの問題ではなく、組織としての姿勢と風土が問われている。
さらに、テクノロジーの活用にも期待が寄せられる。見守りカメラの設置はプライバシーとの兼ね合いもあり慎重な意見もあるが、虐待の抑止力になるとの指摘もある。実際に一部の施設では共用スペースにカメラを設置し、職員・利用者双方の安全確認に役立てている。またAIを活用して介護記録からリスク兆候を検知する研究も進められている。最終的には人間同士の信頼関係が重要だが、第三者の目や客観的なチェック機能を導入することで、万一不適切な行為が起きた場合に速やかに発見・対処できる体制を作ることができる。
高齢者虐待は施設内に限らず、家庭内でも増加傾向にあると言われる。介護疲れやストレスから家族が高齢者に手を上げてしまう悲劇も後を絶たない。こうしたケースにも地域包括支援センターなどで早めに相談し、介護サービスを活用することが大切だ。
介護現場での虐待は絶対に許されない。しかしそれを防ぐためには、現場の職員を追い詰めない支援も必要だ。十分な人員配置と研修、相談体制の充実によって、職員が余裕を持ってケアに当たれる環境を整えることが根本的な解決につながる。利用者も職員も安心できる介護現場を実現するために、社会全体で目配りし支えていくことが求められている。