介護保険の給付費をめぐる不正請求が相次ぎ、当局による摘発と処分件数が大幅に増加している。厚生労働省の発表によれば、2023年度に不正行為などで指定取消や効力停止などの行政処分を受けた介護事業所・施設は全国で139件にのぼった。この件数は前年度から53件も増加しており(前年度は86件)、約6割もの急増となっている。高齢者の生命と生活を支える介護保険制度に対する信頼を揺るがしかねない事態に、国は取締りを強化している。
処分を受けた事業所のサービス種別を見ると、不正が多かったのは訪問介護と認知症対応型グループホームで各21件、次いで居宅介護支援(ケアマネ業務)が13件、通所介護(デイサービス)が10件などとなっている。特別養護老人ホーム(特養)でも2件の処分があり、介護保険サービス全般で不正が発覚している状況だ。不正の内容別では、介護報酬の不正請求が69件と最も多く、人員基準違反(必要な職員数を満たしていない)が45件、虚偽報告が34件と続いた。悪質なケースでは複数の不正が重なっていることもあり、一部の事業所でモラルハザードが生じている実態が浮かぶ。
具体的な不正手口として典型的なのは、提供していないサービスを提供したと偽り報酬を請求するケースだ。例えば通所介護で利用者が欠席したにもかかわらず、来所したと装って介護報酬を受け取る「虚偽請求」がある。また有資格者でない職員を有資格者として届け出て、人員配置基準を満たしているよう偽装する例も後を絶たない。実態としては人手が足りず基準を満たせていないのに、それを隠して報酬を受給する不正だ。さらに悪質な場合、家族ぐるみでサービスを不正利用し報酬を騙し取るような詐欺的行為も報じられている。
最近明らかになったケースでは、熊本県のある医療法人が約4年間にわたり介護職員の勤務表を改ざんし、介護報酬を本来より3億円も多く受け取っていた事実が発覚した。この法人では実際には介護業務に従事していない事務職員を介護職員として水増し報告し、人員配置加算を不正に取得していたという。県は2025年3月、この法人に対し事業所指定の取消処分を下すとともに、不正に得た介護給付費の返還を命じた。巨額の不正請求が長期間見過ごされていたことに、地域社会にも衝撃が走った。
こうした不正の横行に対し、厚労省や自治体はチェック体制の強化に乗り出している。介護報酬請求データの分析による異常値の検出や、抜き打ちの実地指導の実施件数を増やすなど、不正を未然に防ぎ早期発見する取り組みが進む。また悪質事案には刑事告発も含め厳正に対処する方針が示されている。介護保険財政が逼迫する中、不正に流出した給付費は最終的に国民の負担増につながりかねず、看過できない問題だ。
一方で、現場の事業者からは「煩雑な請求業務や厳格な基準に追いつけずミスを犯すこともある」との声も聞かれる。全てが悪意ある不正ばかりではなく、結果的に基準を満たせなかったケースも処分対象となるため、業務支援も必要だとの指摘だ。国は悪質な不正には毅然と対応しつつ、真面目に運営している多くの事業者が萎縮しないよう、制度面のサポートや相談体制にも配慮を示している。
介護保険制度は高齢者の生活を支える社会保障の重要な柱であり、その公正な運用は国民の信頼にかかっている。不正請求の根絶に向け、監督当局と事業者双方が緊張感を持って取り組むことが求められる。不正が疑われる事業所には早期にメスを入れ、一方で現場が健全にサービス提供できる環境整備も進める必要がある。利用者と誠実に向き合う事業者が正当に評価される仕組みを整え、介護保険制度の持続性を確保していくことが重要だ。